博物館に行ってみよう

 

 

白老仙台藩元陣屋は、江戸時代末期の安政3年(1856年)に完成、慶応4年(1868年)までの12年間にわたり、常時100名以上の藩士が駐屯していた本陣、詰所である。

その目的は、ロシアの南下政策に備えての北方警備。守備範囲は、白老から襟裳岬を経て、十勝、厚岸、根室、そして国後、択捉の北方領土まで含む、信じられないほどの広さであった。

戊辰戦争で藩士は撤退、その後、陣屋は解体された。しかし、昭和41年(1966年)、国の史跡に指定され、環境整備が進められた。防御施設としての土塁や深い掘割は立体復元され、建物跡も発掘調査後、間取りや柱跡が再現された。今では野外博物館的要素も含んだ道内有数の史跡公園となっている。

その史跡内にある当資料館は、かつての藩屋敷を思わせる佇まい。構築にあたった同藩出入司、三好監物の子孫から寄せられた資料が8割を占めている。中でも、国後島、択捉島を描いた絵図や、当時の様子を綴った文書は保存状態も良く、北方資料として貴重なものばかりである。

現在、資料館では、古地図研究家高木崇世芝氏をはじめ、北海道大学附属図書館・北海道立図書館などから20数枚の古地図を借用し、19日まで特別展『蝦夷地図の移り変わり〜江戸期の蝦夷地の姿を探る』を開催している。

270年間に及ぶ幕藩体制の中で、蝦夷地やその周辺の島々を描いた北方図は、いつ、誰によって、どのような意図で、どんな内容のものが作製されてきたのか。展示会では、蝦夷地図の変遷と北方に関わる政治的・社会的な背景を読み解いている。

特に今から360年前に松前藩により作製された「正保日本図」(蝦夷地部分図)は必見で、珍しい北海道を描いた古地図に出会える、またとないチャンスといえる。

35ヘクタールの敷地を誇る北海道最大の陣屋跡は、知られざる幕末の北海道の面影を残すとともに、春はサクラ、夏はアヤメとホタル、秋は紅葉の名所となっている。散歩がてら、のぞいてみてはいかがでしょうか。

 

(2007年8月4日 読売新聞掲載)

 

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